私は現在、海上部の部長として働いています。もともと常葉大学の外国語学部でスペイン語を勉強していて、「スペイン語を話せる人材」を募集している求人を見て、フジ物産に入社することにしました。
当時は「スペイン語を使って仕事ができる」ということを優先していましたので、失礼ながらフジ物産がどういう会社なのか全体像もわかっていませんでしたね(笑)もちろん、あとからしっかりと調べました。
最初は、スペインのラスパルマスに長期出張という形で赴任しました。ラスパルマスには日本のマグロ漁船が入る港があり、そこにフジ物産が新しく事務所を構えることになったからです。
海上部では、マグロ漁船のための餌や船舶燃油、船食(船員の食事)などを販売する事業を行っていますが、当時スペインの事務所で担当していたのは、日本から来たマグロ漁船に漁で使う餌を供給する仕事でした。まわりにはスペイン人や韓国人、台湾の方などがいてすごく刺激的でした。倉庫で仕事をしていると、いろんな人がいて本当におもしろかったですね。
この業界は若い人が多いわけではないので、船員さんにかわいがられて、スペインレストランに連れて行ってもらいました。そこでアヒージョやパエリヤ、生ハムにワインとたくさんご馳走になりましたね(笑)
ですが、今ではもっと若い人材が減少しています。マグロ漁船の業界は後継者問題が加速していて、船員さんになりたいという若い人がどんどん少なくなっています。私がフジ物産に入社した当時の平成8年ごろは300〜400隻くらいあった船も、今では150隻ほどになってしまっています。
私たちがお取引させていただいている遠洋マグロ漁船に関しては、法定船員という規則があり、「海技士の資格を持っている人が一定以上乗っていないといけない」などのルールが決まっています。人材が不足すると、船長がいない、エンジンや機械を管理する機関長がいない、となって船を出すこともできなくなってしまいます。
限られた人たちで成り立っている業界なので、漁法、餌、業務、流通、販売などを変化させようとしてもなかなか変えられません。ただ、担い手が少なくなったことにより人材の需要はかなり高まってきているので、収入自体は上がってきているのですが・・・
若い方が「マグロ漁船の漁師ってかっこいい」と思って乗ってくれたらそれが理想なのですが、そのためにも労働環境に関する部分はまだまだ整えていかないといけないと思っています。
船員についてもインドネシアのメンバーが多いため、変えていかねばならないと思っています。一人ぼっちでマグロ漁船に乗りにきて、そこが過酷な環境だとだんだん気力が下がってきて辞めたいと思ってしまうはずです。私たちが世界中の港で若い船員に会えた時には声掛けをして、彼らの悩みの一つでも聞いてあげられたらと思っています。
私たちはマグロ業界をちょっとずつ変えていきたいと思っています。フジ物産の海上部として、船員さんに対しても、業界に対しても貢献していきたいんです。そこで事業部のメンバーとも議論して、パーパスを「私たちがマグロ業界を先導し水産業を発展させ、社会をより豊かにします」と策定しました。
最初は「社会をより豊かにする」ではなくて、私が「清水を活性化する」といった書き方をしていたのですが、メンバーから「それは『地域を活性化させたい』という会社の意向を汲み過ぎているのではないか」などの意見が出ましたね(笑)そこから議論して、さまざまな意見が出ましたが、結局はマグロ業界を盛り上げたいということは全員で一致していて。
海上部もマグロ業界ではいろんな関係や信頼を作ることができています。マグロを獲ってくる船もそうですし、マグロを売る業者さんも、船を修理する人たちとも関係が深いです。せっかくこういった立ち位置にいるので、マグロ業界だけで終わらずに水産業界全体を盛り上げたいと思っています。今の日本では水産業も元気がないですからね。
でも世界では魚ブームが起きていて、外国でも魚を食べる人が増えています。マグロ漁船を豊かにすることで、マグロ漁船だけではなく周りの関係者も豊かになって、エコシステム全体で豊かになっていければなというイメージです。
豊かになるというのはお金が稼げるということだけではなくて、マグロに関して消費者の方のリテラシーを向上させることも含んでいます。例えばスーパーに安い魚と高い魚が並んでいたときにどちらを選ぶのか。価格の裏側には、漁師の方の労働環境や獲られた魚の安全さが隠れています。
そこに想いを巡らせて、「価格は高いかもしれないけれど、業界や健康のことを考えて安心安全な方を選ぼう」「安さを重視するあまりに過酷な労働によって獲られた魚を、本当に食べていいのだろうか」と考える。そういう社会になってほしいなとも考えています。
少し偉そうなことをいうと、私たちの海上部は狭い業界と言えど知らない人はいないぐらいの、盤石な体制ではあるかと思います。ただ、そこに胡坐をかいていていい段階ではないと思っていて。今やっていること以上の貢献をマグロ漁船に対してできるか、を真剣に考えていかないといけません。
もっと突っ込んだ貢献をしていきたいと思い、挑戦を続けています。
1つめは、TUNAサミットの開催です。船のオーナーに集まってもらい、業界の課題についてどう解決していこうかと定期的に話しています。
決して後ろ向きな雰囲気ではなく、例えば以前のTUNAサミットでは「マグロの価値をあげるためにフジ物産を通じて海外に売ってくれ」、などの要望も出ましたね(笑)これがなかなか難しいんですが、チャレンジしていきたいと思っています。
2つめは、まだまだ小規模ですがマグロのことを知ってもらうために、廃棄されがちな尾の身であったり、胃袋などに付加価値をつけて販売しています。
3つめは、マグロの餌にもなるミルクフィッシュという魚の養殖です。この魚を冷凍ではなく生き餌として提供すれば、魚ももっと獲れるようになると思います。効率よく獲れるようになれば、航海の時間も短くすることができて労働環境の改善に一役買うことができます。
ミルクフィッシュはもともとマグロ業界では需要があり、弊社もインドネシアで養殖されたものを仕入れていました。ただ、その魚たちは自然に生えたマングローブの中で養殖されており、そこで洪水が起こるとみんな海に逃げてしまう(笑)なので、安定した品質や量を担保することが難しい。
それならばと海上部で養殖に乗り出したのですが、これがなかなか難しくて・・・まずはマグロ漁船に売るのではなく、レジャー用の釣り餌として販売しています。もっともっと力を注いで価値を提供していきたいし、さらに深く入り込んで業界にインパクトを与えていきたいと思います。その一つの選択肢として考えているのが、フジ物産としてマグロ漁船を持つことです。
そうすることで初めて「本当の当事者」になれると思います。そこから見えてくるもの、できることも広がるはずですし、新たな取り組みを通じてロールモデルになれるかもしれない。一方で、担い手も少ない中で自分たちがマグロ漁船を持つことが彼らの漁に対する機会を奪ってしまう可能性もあるので、かなり慎重に進める必要があります。実のところ、まだ部内でも賛否両論ある状態です。
私たちは業界の中にどっぷりと浸かっていますが、今のポジションだからできることもあると思います。業界外の人とも積極的にコミュニケーションを取って、新しい発想が生まれることも多いですし、そうして業界も変えられるのかもしれない。パーパスに向けて少しでも興味関心を持っていただいた方とは積極的にお話ししていければと思っています。